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連載コラム小林利雄伝
序章〜 プロローグ
第1回 追悼・阿久悠氏〜大作詞家からみた小林利雄
第2回 月光仮面誕生秘話〜武田薬品宣伝係長 中尾清義氏が語る小林利雄
第3回 ネオンサインな日々・其之壱〜稲葉亘快氏(元宣弘社社員)が語る小林利雄と屋外広告の世界 PART 1
第4回 ネオンサインな日々・其之弐〜稲葉亘快氏が語る小林利雄 PART 2
第5回 小林利雄、かく語りき・其之壱〜颯爽!「月光仮面」登場!!
第6回 小林利雄、かく語りき・其之弐〜「遊星王子」〜「快傑ハリマオ」の頃
第7回 ラジオの時間・其之壱〜大場徳次氏が語る小林利雄とラジオの時代
外伝   追悼・川内康範先生〜『月光仮面』の原作者が語った小林利雄
第4回
小林利雄、かく語りき・其之壱〜颯爽!「月光仮面」登場!!
岩佐陽一

  本連載「小林利雄伝」も今回にて5回目。ようやく折り返し地点を迎えた状況だ。そこで、真打ちとでもいうべき小林利雄氏にここら辺でご登場頂こう。
 もちろん、小林氏ご本人は一昨年の4月に逝去されているので、ここに掲載する証言はご生前のものである。

月光仮面には、小林氏がアメリカで体得してきた欧米的(物質文明的)精神、お寺に生まれた康範先生の仏教的慈愛の心--和と洋の二つの尊い志が反映されている

 1996年に刊行された『シルバー仮面 アイアンキング (スーパーロボット)レッドバロン 宣弘社ヒーローの世界』(双葉社)及び、'05年刊行の『ネオンサインと月光仮面』(佐々木守・著/筑摩書房)における取材テープより、抜粋・再構成した、当時としても、そして今となってはさらに貴重な証言をお届けしよう。
  まずは定番、昨年“生誕50周年”を迎えた『月光仮面』にまつわるお話から。
小林「当時(1950年代)、ラジオはやっていました。我々は広告代理店ですから本来、制作は関係なかったんですけど、やらざるを得なくなりましてね。それで制作から全部やり出したんですけれども。やはり、自然に欲が出まして。自分の作ったものを出してみたいという気持ちになってきて、それでいろいろとやり始めたんです。結局、代理店の考え方なんだけど、“やっぱりいいものを出したい”ということで。他社が作ったものを集めても、結局不満なんですね。最後は自分の思ったやつを出していきたいということになっちゃって。“だったら自分で作ればいいんだ”と。それでどんどん作るようになっちゃったのね(笑)。ラジオ番組については実はあまり関心がなくてね。どうしてもテレビのほうに移ってきまして。最初が『月光仮面』ですね」
  “自分の作ったものを出してみたい”、“だったら自分で作ればいいんだ”という発想こそ“ものづくり”の原点に他ならない。
 小林氏が一流のクリエイターであった、何よりの証だろう。
小林「川内康範先生は、前番組の『ぽんぽこ物語』をやってたんだけど、視聴率が全然取れないんですよ。それで康範先生に、“今アメリカで『スーパーマン』が当たっているので、あれの日本版をやりましょうよ”という訳で。それが『月光仮面』の原型です。“自分がアメリカで見て来たことを、日本に帰って来てからやろう”という想いが強かったですね。『月光仮面』の(発想の)根本は、向こうからのものです」
 ここで少々補足すると、『ぽんぽこ物語』は『月光仮面』の前番組で、TBS製作のスタジオドラマだった。宣弘社はその広告代理を務め、康範先生はTBSからの依頼で『ぽんぽこ物語』の脚本を執筆していた。その『ぽんぽこ物語』が視聴率不振で打ち切られるにあたり、後番組の制作を宣弘社が請け負うこととなり、その内容に関して、小林社長が康範先生に相談を持ちかけたというのが、『月光仮面』誕生の経緯だ。
 お二人はそれまで面識がなく、その会食をセッティングしたのは、当時TBSで『ぽんぽこ物語』を担当していた今道潤三氏(後に同社社長に就任)だったとのこと。
小林「それで最初、康範先生がお医者さんの話を持ってきたのね。ところがお医者さんの話はスポンサー的にも難しい。それでやらなかったんです。だから、それに関しては先生のアイディアだけで終わったんですけど……あの方はすごいアイディアマンでしたよ。歌詞は書く、題名は決める、すべて先生の鶴のひと声で決まっちゃうんですからね(笑)」

結髪(今でいうところのメイク・スタイリスト)の大井きく子女史が所蔵していた撮影に使われたサングラス。もちろん、これは数多くの予備のひとつで、バージョンも何パターンもあったとか

 賢明な読者諸兄は、本連載の第3回目で、元武田薬品工業宣伝係長の中尾清義氏が、“そのとき、話があったのは医者を主人公にしたドラマだったんです”と証言されていたことを憶えておいでのことと思う。
この小林氏の発言は、まさにその裏付けといえよう。
 小林社長のアメリカ視察の経験、康範先生の慈愛の心、そして、スポンサーたる武田薬品工業の冷静なジャッジが、『月光仮面』という本邦TV史に残る名コンテンツを創造したといえるだろう。

次回はその『月光仮面』の後継者たち、『遊星王子』以降の宣弘社ヒーローについて小林氏が語った証言の数々をご紹介しよう。

次回 第6回 09年2月下旬 
小林利雄、かく語りき・其之弐〜「遊星王子」〜「快傑ハリマオ」の頃
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