柴 俊夫スペシャルインタビュー

 
柴 俊夫 スペシャルインタビュー PART1
取材・構成/岩佐陽一

柴俊夫

 
●『シルバー仮面』の狙い
 
 実相寺(昭雄)さんという監督は、“蝋燭の灯で撮る”っていう本来は、そういう映像が大好きな人だから(笑)。それが子供番組に入っちゃったんです。最初観てて、30分の中で、どうでしょうね?……人の顔が見えないんですよね、よく(笑)。そのぐらい(照明を)落として撮ってたから。“これ、大丈夫なの?”って。特に(タケダアワーの)変身もので等身大ということも初めてでしょう?“それも大丈夫なのかな?”っていう(笑)。でも、話としては面白いですよね? 僕なんかは駆け出しの役者さんでしたから。その頃にホン(脚本)を読んで感じたことは、“ホンは面白いね”って。兄弟愛があって……。そういうのは“今までのヒーローものとはちょっと違うな”というのはありましたね。それは実相寺さんと話したときにも、よくそう言ってました。これ、面白いんですよ、市川(森一)さんも関わってらっしゃるんですよね。佐々木(守)さんも書いてるでしょう? そういう意味でいうと本当に大人が必死になって、取っかかったっていう感じですか。今までの既成概念をちょっと変えてみたい、人間の考えを持ったヒーローがいて、その中に周りの社会があって、いつも家族愛があって。だから 、時間があったら聞いて頂けると分かりますけど、猪俣公章さんが「故郷は地球」(作詞:佐々木守)っていう名曲を書かれて……。
 そんな風に作って、その当時ははっきり言って僕も分からなかった。後々になって観直してみると、“あゝそういうことなんだ。深いんだ、これ”って(笑)。
 進み過ぎてたんですね。だからみなさんの心の中にもここまで今、引っかかっているんじゃないですか?
 ただただ単なるヒーローものだと、ポン! ってストーリーがあって、怪獣が出て来て、ヒーローが戦って勝利して……アッという間に悪を倒しってことだけじゃないから。そこには兄弟があって、“故郷(ふるさと)はどうなの?”っていう。本当に宇宙を彷徨っていた兄弟が還って来たのは、実は地球だったっていう。今に通じる(テーマ)じゃないですか。それこそ『2001年宇宙の旅』(68年)じゃないけど、実相寺さんたちが考えていたのは、“そういうことだったんだな”って。
 それとやっぱりスタッフが良かったしね。出てる役者も、結構シリアスなっていうか、どこへ出ても本当に通用しちゃう役者さんがいっぱい出てて、よく出てくれてたんだなって思いますよ。僕は当時、そんなことは全然知らなかったから(笑)。岸田森さんなんかそうでしょう? 佐々木すみ江さんとかね。南沙織さんも……。
 実はフジテレビでやった『ミラーマン』(編注:当時、『シルバー仮面』と全く同じ時間帯に放送していた)のパイロットに出てるのは僕だったんですよ(笑)。そのときの相手が南さんだったんです。この『シルバー仮面』のときぐらいにはもう、歌を歌ってたんじゃないかな。
 
●『シルバー仮面』が繋ぐ“出逢い”
 

 『シルバー仮面』というのは照明もさることながら、映像で……というか、移動車が非常に多かったんですよ。自分のショットだけじゃなくて。これはQちゃんっていうカメラマンがいるんですけど。中堀(正夫)さんという方で。この人は実相寺さんとズーッと組んでやってた人で。『あさき夢みし』(74年)とか、後々の『ウルトラQ(ザ・ムービー 星の伝説)』(90年)とか。僕もみんな出てるんですけどね(笑)。素晴らしいカットを、子供番組の中でも作った方で。“なんでこんなに上手くいっぱい撮るの?”みたいなこと、ありますよね(笑)? だって移動車でズーッと撮っちゃうんだから。今では考えられないでしょ? 今のTVのショットから見たら、とてもじゃないけど、あんな長回しなんかできない。だから初めて番組でやってる割には、カット区切りで仕事やってるっていうのが多かったんですよ、僕ら。デビュー作(『ゴールドアイ』[70年])が工藤(栄一)さん(の監督作品)だったから、独特のカット割があるじゃないですか? それよりまた、倍ぐらい長いんですよ、実相寺さんは(笑)。その意味合いが最初、分からなかった、僕はね。ようく考えてみると、その映像が多分、みなさんの中に非常に印象に残っている画(え)になっていると思いますよ。特撮は別としてね。

 

(PART2へ続く)
 

Profile
しば・としお:1947年4月27日生。東京都台東区出身。モデルを経て、70年にドラマ『ゴールドアイ』で俳優デビュー。当初は本名の柴本俊夫で活動していたが、『シルバー仮面』(71年)の主演を機に現在の芸名に改名。以降、TVドラマ『新・坊ちゃん』(75年)や『男たちの旅路』(77年)、映画『金閣寺』(76年)などに出演。俳優活動の傍ら、『夜のヒットスタジオDELUXE』(88年)、『レディス4』(03年)で司会を務める。現在は環境問題にも真摯に取り組み、活動を続けている。詳細は http://shiba.webplus.jp/ まで。